2012年04月23日

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 僕は子どもの頃に妖怪が見えた。なんだか本能的に恐くて近付けなかったのを覚えている。どいつもこいつも背中がもやもやしていたり、キメラのように継ぎ接ぎだったり、見たこともないような色をしていたりして、近づく気にもなれなかった、の方が正しい。
 あるとき、あまりにも怖くなってみんなに話をした。両親は慰めてはくれたけど、本気だとは思ってくれず、僕はたいそう拗ねてしまった覚えがある。友だちは誰も信じてくれなかった。
 ただ、おばあちゃんだけはヨシヨシと言って、次の日に学校から帰ってくると上等の絹で手作りした御守りをくれた。

 妖怪と接触したのは一度きりだ。
 忘れもしない小学三年生の夏の夕方。みんなと別れた帰り道に、蛙頭の少年がこっちを見ていた。ぎょろぎょろした目でじっとりこちらを見ているので、思わずウワッという声をあげると、彼はまっすぐ僕の方へ跳ねてやってくる。僕は慌てて逃げ出そうとしたのだけれど、五歩の距離をひとっ跳びされてあれよという間に追いつかれてしまった。そしてぬめりけのある舌を巻き付けて、そのままその蛙の口でぱくりと丸のみにした!

――その瞬間にハッと視界が揺れて、僕はおばあちゃんの背中で目を覚ましたのだった。
 さすがに三年生にもなっておんぶなどというのは恥ずかしくて、
「重いでしょう」
 と尋ねたのに、
「御守りを忘れていったね」
 とおばあちゃんは笑った。そういえば、寝る前に外してから机の上に置きっぱなしにしていたなあと思って、おばあちゃんに甘えることにした。
 それきり妖怪は見ていない。御守りは、それからもずっと大切にしていたのだけど、おばあちゃんが亡くなったときに一緒に焼いて返した。
 一体、おばあちゃんは何者だったんだろう?

お題「ばぁちゃんの背中」




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2012年03月28日

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 色づきもえあがる木々の間を春風が走り抜け、真崎の髪を揺らす。少し前から伸ばしている髪は、今ちょうど肩にかかるくらいで、わずかに汗ばんだ頬に一束張り付いてはすぐにはらりと元の場所に戻った。
「えーと、どっちでしたっけ」
 鞄から手帳を取り出して眺めても、走り書きで「1400 C 棟 3 階奥から 2 番目」としか書かれておらず、軽く眉根を寄せてから仕舞った。メモしたのは自分なのだから、分かってはいたのだが。
 見上げれば、似たような外観の建物が何棟か連なっており、まるで集合住宅のようだ。その整然としていながら生活感を漂わせる雰囲気は、大学という場所そのものを指すようでしっくりくる。
「どうせなら、棟の番号も壁にくっつけてくればいいのになあ」
 自分の方向音痴を棚に上げて、そうひとりごちる。
 持ち前の人懐こさを発揮してか、真崎は講義を取っている教授と仲良くなって、彼の研究室に招かれた。冬までのセメスターで同じ講義を受講していた何人かを伴って、お茶でもしようというのだった。
 全国でも指折りの広さを誇る大学キャンパス内で、研究室のある棟は真崎の所属する学部とは正反対の場所に位置することは事前に調べていた。しかし、詳細な場所は早めに行って確認すればいいと考えていたのが運の尽きで、思いのほかたくさん並んだ研究棟にすっかりまいってしまった。こんなに方向音痴だったかしら、いや、最近は治ちゃんのあとをついていくばかりだったから、と真崎は頭の中で一人問答する。
 少し考えて、鞄から携帯を取り出し、アドレス帳の一番上のナンバーに電話をかける。それと同時に、今しがた歩いてきた道を引き返し始めた。
「あ、治ちゃん?」
 四回目のコールで電波で繋がるぷつと音がした。電子分解されたざらついた瀧川の声が耳元でいらえを返す。
「なに? もうすぐガッコつくけど、先生もう来てる?」
「いやあ、それがねえ、 C 棟って学部から遠くて、こっちのあたりはよく分からなくてさあ」
 校門のそばにある学内カフェは、確かイチゴのシェイクがおいしい。いつもよりほんの少し甘えたような声で、おどけて、待ってるね、と無責任に告げた。電話口からわざとらしい溜息が聞こえて、その表情が想像できたので、シェイクを一口あげよう、などと考えていた。




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2009年09月04日

live 20090821

 僕たちは電車をひと駅早く降りて、田舎道を歩くことにした。もしかしたら、そうやってこの夏を少しでも長く味わおうとしていたのかもしれない。
 駅のホームに立つと、まだ夏の残り香が立ちこめていて、僕たちの手足にしっとりとまとわりつく。夏至前の南風とは違う、かろやかな湿気。僕たちはそれを快しとして、ゆったりした足取りで歩き始めた。道は舗装されておらず、右手に川の細い流れ、左手に背の低い草を従えてかなたの街まで伸びている。
 蝉はすでに夜の帳の中で息をひそめていて、耳に届くのは、サンダルが砂利を踏む規則正しい音と、水がかたわらを流れるときの鈴が落ちるような音ばかりだった。
 往ってしまう夏を悼むようにつと顔を上げると、夏の靄ににじんだ星がちらちらと揺れている。その向こうには暗い空が広がっていて、遠く冷たい気配を覗かせていた。
「ああ、」
 星空に向かって僕が思わずもらしたため息が8月の終わりの空気と溶けあい、やがて落ちて、しじまに波紋が広がった。ハッとして顔を見合わせた僕たちは、そこでようやくお互いの存在を思い出した。視線が合って、カチンと音がした気がした。瞳の奥に遠く街の光が反射して、キラキラと光っているように見えた。ラムネ瓶の中の透明なビー玉が、日の光を一瞬受けてきらめくのに似ているな、と僕は思った。
 僕たちの心に去来するものはなんだったろうか。現実という街を遠く眺めて歩きながら、まるで夢の中を歩いているような気でいた。この道がとことわに終わらないような気さえしていた。そうしながら、僕たちは心の中で夏を反芻して、もう一度記憶に刻み込もうとする。あるいはそうしているのは僕たちではなく、僕だけだったのかもしれない。僕の双眸以外の全ての目は、もう秋のはじまりをじっと見ていたのかもしれない。
 ざわと追い風が立って、肩と肩の間を走り抜け、草の香りを巻き上げていった。僕の心を焦燥で掻き回す、秋の香りがする風。耳元にひいやりと囁きかけ、気まぐれに舞う風。
 あれは8月の終わりの夜だった。



日吉真澄




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2009年04月06日

06042009

「わ」
 さっきまで肩を並べて歩いていた真崎が、声を上げて足を止めた。彼女の視線は空高くに向けられている。瀧川もつられて立ち止まった。
「満月」
 そう呟いた唇からは、白い息がこぼれた。
 その面の向く方を追って見れば、黒々と塗られた夜の絨毯に凍えたような色の月模様が縫い付けられている。お、と声を洩らした瀧川の息も、やはり同じように白く染まった。
 まだ雪の気配はないものの、冬はしんしんと深まってきており、朝晩と頬に刺す空気の冷たさはそれを物語っている。今は光を受けて仄明るく震えているだけだが、この道もやがてあの月のように凍えることだろう。
「…さ、風邪ひく前に早く帰ろ。ね」
 二人はしばらく空を眺めたあと、急に寒さを思い出したように歩き出した。冬はまだはじまったばかりだ。




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2008年02月05日

朝の電車

(一部再録・改変再録)
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